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赤ちゃん成長三題話

ちょっと面白い話を聞きました。

1 生まれたばかりの乳児はまだ自己の全体像を知らない。彼らにとっての<自分>とは、空腹や尿意、寝床の堅さなど散漫な身体感覚の断片にすぎない。まだ自我が統合されていないのだ。それが、鏡に映った自分を見、その姿がほかの赤ん坊ではなくまぎれもない自分であることに気づいたとき、乳児は他人から見た自分の姿を知る。一目で見える自分の全体像を把握した乳児は、自我の統合を一気に得ることになる。これを「鏡像段階」説という。

2 自我の成立には排泄管理も重要だ。乳幼児ははじめ自分の便を不潔とは感じない。トイレット・トレーニングの過程で、それが、自分の体外に出たとたん「きたないものだ」と感じるようになる。こうして自分の体の内と外の区別が生じる。排泄管理が自我成立にとって重要なことは、それができなくなった老人や障害者が自我崩壊感を経験することからもわかる。

3 自分で選んだわけでもないのにいつの間にか生まれており、その意味も理由も目的もはっきりしない状態は、とくに子どもにとって大きな存在の不安をひきおこす。これは親や教師や特定の誰かの過失や責任ではなく、われわれの在り方そのものの構造なのだ。これをunheimlich(無気味)という。


はあはあ、なるほど。

息子が鏡を初めて見たのがいつなのか正確には覚えてませんけども、確かに赤ちゃんは鏡が好きですね。ナルなのかと思ってましたが、どうも初めての一撃というのは重要な成長段階でもあるらしいです。

トイレトレ、うちにはまだまだ先の話ですが、なるほど彼は今まだウンチを汚いとは思ってませんね。おそらく。
きもちわるいから替えて、とは訴えるけれども、使用後のオムツには興味しんしんで、手を出したりします。
つまり彼にとってはウンチは自分から出たものであって、まだ自分の延長なんだ。
離乳食を服につけたり机になすったりするのも、自分の口に入るものなのであるからして、何で自由に振り回してはいけないのか?口以外の所にちょっとでも付いたら何でオカアチャンはそんなに拭き取りたがるのか?とか思っているんだろうかな…くー。

3 は…。どうなんでしょうね…
息子をお腹から出した身としましては、彼は月満ちて自らの力で外に出てきたのであるなあ、というのも素直な感想ではあります。
しかし外に出てきたのは自分の力であるにしても、そもそも何故ここにいるのか?という原因と理由は、彼には預かり知らぬことでありますから。
寄る辺無さ、無気味さ、を感じているといわれれば確かにそうなのかもしれない。
ハイハイや伝い歩きで毎日必死に体を動かしているのも、目の前にある仕事に打ち込むことで無気味さから逃げているのかもしれない。
そう思えば、特に理由もないのに夜泣きしたりうなされたりするのも説明がつく、かもしれない…。
しかしこれは、いずれにせよもっと大きくなってからの話ですね。


哲学って遠い世界の難しい話かと思っていましたが、子育てにも「役に立つ」ありがたいものでもあるようです。
興味のある方は、
1 ジャック・ラカン 
2 フロイト 
3 ハイデガー
で、ぐぐってください。

そんなの難しくて読めそうにない、という方におすすめなのが
『哲学マップ』貫成人 ちくま新書です。
ちなみに私はこれしか読んでません。とてもわかりやすくて私にはありがたい本でした。実は上のはほぼ貫氏の文章から引用いたしました。だはだは。記して深く謝する次第です。だはだは。
mimula | あかちゃん観察日記 | 05:12 | comments(2) | trackbacks(1) |

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Comment
相変わらずお堅い文章がNGな私なので、引用後のmimula解説を読みながら、
おおお、そうなのか!とやっと理解の域に達している私w

鏡って、私も単にナルチャンなのかと思っておりました!
ほーそうかそうか!あれって、自分って認識しているのか!

排泄に関しても、うなづけます。
確かに、うんちやおしっこを汚いものだとは思っていない
し、吐き戻しなんかもそうですよね。
うんちなんてけっこうくっさいのにな〜w
トイレトレーニングは、おむつをはずす訓練、というか
「うんちは汚い」と認識する訓練なんですね〜。ほーほー。

「無気味」という言葉ははじめて知りました。
「無意味」とは、また違うニュアンスなのですよね。
3の記述も、なんだかちょっと納得しちゃいました。

赤ちゃんはなんのために生まれてくるのか、自分では
最初はよくわかっていない状態だけれども、周りから
大切にされ、愛されることで自分の存在意義を見つけ、
確認していくのではないかな〜と。
だから、乳児期にいっぱい抱っこしてあげたり、言葉を
かけてあげたりすることって大切なのでしょうね。
赤ちゃんは愛されると実感することによってだけ、自分の
存在意義を理解できるのではないかと感じました。
そう考えると、後追いも、ある種「愛されて」いること
の彼らなりの確認作業の一環なのかもしれませんね…。

posted by chiezou ,2005/05/21 5:22 PM

chiezouさん、いつもありがとうです。
無気味ってブキミですよん。ふつうは不気味って書くのかな。
それはともかく、

>赤ちゃんは愛されると実感することによってだけ、自分の
存在意義を理解できるのではないかと感じました。

ここを読んで深く感じ入りました。
愛されることで存在意義を確認する重要な時期なんですね、今って。きっと。
そして愛を注いであげられるのは周囲にいる人間だけ、最も大きな愛を注げるのは母親だけ。
それを忘れちゃならないな〜。

いつもながら、chiezouさんにはいろいろと気づかされること、教わることが多いです。本当にどうもです。

posted by mimula ,2005/05/22 5:11 AM










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■書籍データ 『哲学マップ』(貫成人 著) 新書: 247 p ; サイズ(cm): 18 出版社: 筑摩書房 ; ISBN: 4480061827 ; (2004/07/06) ■一度、人文思想や哲学といった居丈高な何かに惹きつけられ、その種の難解なテクストに挑んでは拒絶され、また挑んでは自分の場所を見
乱読家G氏の猥言と黒猫,2005/09/06 9:56 AM

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