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重そう

ぺたんと座って一人遊びしている息子を見て、毎日思うこと。

「お、また頭でかくなったな」

着替えの時にトコトコ歩き出して、遠くからハダカを見たりすると本当にビックリするくらい頭が大きい。
いいのだろうか。

息子は眠くなるとよく頭をガリガリ引っかいているが、あれは急速にのびた頭皮が引っぱられてかゆいんじゃないかと思う。
起き抜けに、布団にズルズル顔つけてハイハイしていることもあるけど、重くて上がらないんだろうなあ。

寝てるあいだにドンドンっと頭がでかくなるんだろうなあ。
mimula | あかちゃん観察日記 | 16:00 | comments(5) | trackbacks(0) |

全然かみあってない

突然ですが、噛み合ってない会話というのがありますね。

いや私、しょっちゅうありますよ。

例1。
丸の内中央口で待ち合わせたかったので、相手に「丸の内中央口にいてね。あ、中央口出て北っかわにいてね」と言った。
ところが当日、いつまで待っても相手は来ない。
30分後、「ここにいたの〜」と現れたその人は、「丸の内北口かと思ったよ」。
ガックシ。
もしかして改札出てないのかもと何度も見に行ったけど、まさか北口にいたとは・・・。


例2。
なにか雑誌か本を読んでる人に、「何読んでるの?」
「雑誌。」
テレビを見ているので、「何見てるの?」
「テレビ。」
・・・・・・。
 (注 この人、私が嫌いとか会話がめんどくさいとかじゃなくて、本気でまっとうに回答している。ちなみにこれ、わたしの夫です。)

例3。
とても信じられないようなアホらしい話を聞いたあと、「え〜ウソ〜、何それ?」と私が言うと、
「だからね・・・」と、同じ話をもう1回最初からしてくれる。
いや、聞こえてます。わかってますって。


こういう噛み合わない会話って、すごく好きなんです、私

みなさん、どうでしょうか?最近噛み合わない会話しませんでしたか?

ぜひぜひ、コメント欄にお寄せくださいませ!
mimula | 日々のつれづれ | 07:10 | comments(2) | trackbacks(0) |

子連れの日本人

ここに書こうかどうしようか、ずっと迷っていたことがある。

ドイツで子育てしていると、まわりの人からの視線がつねに暖かい。それはドイツ人のみならず、トルコ人だろうとイタリア系だろうとギリシャ人だろうと、子連れで外を歩いていれば、微笑みかけ、話しかけ、お店ではオマケをいただき、電車では乳母車を手伝ってくれる。

そんな中、どうにも不思議だったこと。
日本人だけが、とっても冷たい目を向けてくる。

この街は、日本人があまり多くありません。でも飛行機が安いシーズン(今だ)になると、そこそこ観光っぽい人が増えます。
東洋系の見分けは最近ではとても難しいので、ヴィトンのバッグを下げていても、韓国人か、中国人かもしれない。
でも、だいたい、態度とかしぐさで日本人ってわかる。日本語を言ってることもある。
日本人とすれちがうと、乳母車の中の息子に、とても冷たい一瞥が注がれる。
「わたし、何かしましたか?」と言いたくなるくらいに。

ある時ケルンの大通りを歩いていたとき、女子大生の群れっぽいのとすれちがった時は、その中のひとりがすれちがった後もふりかえってこっちを見ていた。(あまりにすごい顔だったので、ついこっちも振り返って見てしまったのだけど)
その時の彼女は冷たい目というより、驚愕とか絶句という表情だったけれど。
本当に言いたかった。「わたし、あなたに何かしましたか?」


別にそれはそれで困らないが、原因がわからない。
あれこれ推理していた。
「せっかく海外旅行に来たのに、ヌカミソくさいおばさんを見かけて不愉快なのか?」
「うちの子って日本人から見るとブサイクなのか?」
「わたし、何か匂っていますか?」

ほぼ毎日外出すると、日本人以外がみなやさしい。
日本人(らしい東洋人)は、きつい視線。

なぜなのか?

最近、やっとわかりました。

海外旅行に出る人、また海外で働いている人のなかには、「日本人の子連れはマナーが悪い」「子連れの日本人は日本の恥」「あいつらは現地のマナーがわかってない」と思っている方々がいるのだそうです。

ああ、言われれば思い出しました。私も一人旅をしていた若い頃、飛行機の中でさわぐ日本人の子にイライラっとしてたことが、けっこうありましたね。

しかし、思うのは思ったけれど、それを、罵詈雑言をこめて他人のHPに投稿したことはない。

人に言うより自分で解決、と思っていたので、耳栓を用意したり何かの薬を飲んで寝るようにしたりしてました。

そういう自力解決ができなくて、子供を睨んだり、ましてや乳母車を足蹴にしたりするなんて、とっても大人気ないですね。その人こそ「子ども」だと思います。

どうしても許せないのなら、その場でその人に「あなたの子供がうるさいです。」と一言言えばいいのに。

その勇気さえなくて、匿名で、海外子育てのサイトやブログにあてずっぽうにメールを送りつけてくるなんて、最低ですね。


ドイツで子育てしていると、子供を静かにさせなきゃいけないシーンが多いので、いつも大汗をかいています。
レストランでも、カフェでも、ゆっくり落ち着いていたことなんてありません。
そんな私たちを見て、遠くからほほえんでくれる人、わざわざ席まで来て息子をあやしてくれる人も多々いらっしゃいます。
同じく子連れの親は、よく、私たちの席に子どもを抱いてきて、「ほら赤ちゃんだよ、見てごらん」などと言っています。そしてそこから子育て談義になり、ホント大変だけどお互いがんばろうね・・・という微笑みを交わします。


いまのところ、レストランやカフェで日本人を見かけたことはありません。
冷たい目を向けられるのは、いつも、路上でです。
私と息子が、ただ、歩いているだけ、それだけの時なんです。



「自分こそ現地のマナーがわかっている。おまえにはわかっていない」と思っている方へ。
子連れの日本人をにらむのはやめてください。
わたしの子はあなたに何もしていない。
mimula | 旅のつれづれ | 15:45 | comments(6) | trackbacks(0) |

おるすばんの夜

連続投稿。
だってヒマなのだ。
またオトウチャンは出張で遠くに行ってしまった。

6月に連続3日間も留守にされた時は本当にクタクタになったが、今はもうけっこう大丈夫だ。
息子は父がいないのが寂しいらしくて少し神経質。だけれども、母はもうあの時の母ではない。
外遊びの場所もいっぱい知ったし。
息子がナーヴァスな時はもう家事とか用事とかスッパリあきらめるし

というわけでうちの中がめちゃくちゃだけど、ゆっくり遊び相手になって、時々撫でたりさすったりしてやっていれば、息子はそんなにストレスをためないようだ。
このままいってくれ。明日もがんばるぞ、息子よ。

さっき息子が背伸びしながらテーブルの上を手探りして、ヨーグルトのコップをじゅうたんに落としてくれた。おかげで部屋のなかがすごい匂いだけど、あまり気にしないで寝ることにする。
mimula | あかちゃん観察日記 | 06:41 | comments(4) | trackbacks(0) |

おんまの親子

「眉を横たえ冷ややかに千夫の指に対す
首を俯し甘んじて孺子の牛となる」

これは魯迅の詩の一節。
「しかし、わが子を背中に乗せて遊ぶのは、楽しいんだもんニャ〜。」
魯迅先生があの顔でそんなことを言っていたら笑える。

息子は最近どんどん会話が理解できるようになってきて、言葉はまだ言えないのだが、コミュニケーションはかなりできる。
「きょう、公園、たのしかった?」と聞くと
「うぅ!」ニッコリ笑う。
口からはダレーっとよだれの糸。

「きょう、お馬さんごっこ、楽しかったね」
「うぅう!」
ダラー。

「きょう、プール、たのしかった?」
「うえあぅ!」
ダラダラー。

そして、ちょっと早めに散歩を切り上げた日。
「きょう、お散歩たのしかった?」
「・・・・・・」(手元のおもちゃに目を落とす。ヨダレは出ない)


こうなってくると、両親はもう、子どもの争奪戦です。
きそって外に連れ出し、きそって遊び相手になり、そして聞く。
「きょう、たのしかった?」
「うう!」という笑顔がほしいばっかりに。

まあ、それでなくても、子どもを背中に乗せて遊ぶのは楽しいにゃー。
背中をバシバシ叩いてくれるので、肩こりもほぐれるのよ。
mimula | あかちゃん観察日記 | 06:27 | comments(0) | trackbacks(0) |

旅する1歳児

今日クラベルグルッペで、「え、まだパリ行ってないの?行けばいいじゃん!すぐだよ!」と言われた。

パ、おパリですか?!列車で4時間もかかるよ?!

ワタクシ妊娠中に動きすぎてイタイ目にあって以来、なかなかの怖がりになっております。息子を連れての旅行、片道3時間以上かかるところは全てあきらめ、2時間以上かかるところは絶対日帰りしません。かならずホテルを取って出かけております。乗換えのたびに休憩させて運んでるんですから。連続4時間なんて。おパリなんて。そんなそんな。

このお母さん、さらに
「楽勝だよパリなんて。私は娘が4ヶ月のとき連れてったけど。安いホテルに1週間くらいいればいいさ」と。

い、1週間。
たしかに、そのくらい余裕のスケジュールにしておいたほうが、旅は楽しい。
でも、どうするんだ。子どものめしは。着替えは。

ドブロヴニクに1週間いたけれど、あれはホテルじゃなくて個人の家だからなんとかなったと思う。毎朝センタクして庭に干してたし、キッチンでじゃがいもゆでてタッパーにつめて持ち歩いた。だってもう息子は瓶詰めHippはあまり食べないし、大人の食事をわけわけするだけではお腹いっぱいにはならない。

それで外出したとはいっても、一日中大人の趣味で行動することはもうできない。1歳児は公園に目ざとい。児童公園を見つけるやいなや、砂場につきあわされることになる。なんで私、花のプラハやアドリア海まで来て、砂場に1時間も2時間も・・・。トホホ。でも泣く子と地頭には勝てないのだ。
ところで地頭って誰だよ!何様だよ!ちょっと出て来いなぐってやる!何のつもりよおめーは!

ゲホゲホ、失礼。
長丁場の旅行は疲れるのだ。

その点、6ヶ月くらいまでの頃はよかった。まだ外遊びの味を知らず、母乳だけでも何とかやりすごせる時期のほうが楽だったと思う。私は知らなかったけど、ホテルによってはミルク作ってくれたりなんだかんだとチャイルドフレンドリーな所もあるらしい。(日本にも)

ああ、もっと行っておくんだったな。

7月のプラハ、8月のドブロヴニク、私は手作り離乳食まで持参しましたですよ。息子の一番好む野菜シチューを。煮沸した瓶につめて行って。空港やら機内やらで食べさせてました。

みんな、こんなして旅してんのかな、子連れって・・・。
mimula | 日々のつれづれ | 05:36 | comments(2) | trackbacks(0) |

「ママ」

息子が決定的に「ママ」と言うようになった。

以前から「マンマ」とか「おっくわぁ」とか、母を呼びたげな時はあったのだが、今のはもう違う。はっきり言葉として言っている感じ。

原因はわからない。うちでは、おかあちゃんとかかあちゃんと言っている。
でも、街に出ればよその子がみんな「ママ」と言うのを聞いてるわけだし、彼は「なんで僕だけそんな難しい発音しないといけないのだろう」と思っていたかもしれない。
あるいは、「ママ」とためしに言ってみたら私がすっとんで来るので、おもしろかったのかもしれない。

先日、乳母車で外出したときのこと。
「ママ」というので、何かほしいのかと思ったが、べつに水もおやつもいらないらしい。
「まめぼう」と返事すると、にっこり笑う。
「ママ」
「まめぼう」
「ママ」
「まめぼう」
「ママ」
「まめぼう」
「ママ」
「まめぼう」


まめぼうよ、母がどんなに嬉しかったか、君にわかるだろうかね。


さて、次は、君の本名を覚えてもらわないといけなくなったなあ。
ごめんよ、何かとハードル高くて。
mimula | あかちゃん観察日記 | 20:53 | comments(6) | trackbacks(0) |

鼻から牛乳

何気なくコップを口にあて、コップをかたむけ、飲み物を受け、それを飲み干しながらコップを口から離す。
または、飲み続けながらコップの角度を調整し、口からもれないよう維持する。

なんてことない日常の動作に、ニンゲンの脳は深甚なる計算をしている。
しかも、その計算に従って身体の各部を同時平行で動かす。

すごいのである。実は。

そのすごいことを息子が獲得するまで、我が家は牛乳くさくなりつづけるであろう。じゅうたんのシミも増え続け、かあちゃんは衣類をシミヌキし続け、息子のあたまからはプーンと牛乳のにほひ。
mimula | あかちゃん観察日記 | 20:27 | comments(2) | trackbacks(0) |

おしゃれ・・・

まえにも書いたけど、妙なところで「おしゃれですね」という人がいる気がするよ。

たとえば、
「グレアム・グリーン面白かったんですよ」
「グリーンですか、おしゃれですね」

「夏休みですか?クロアチア行ってきました」
「へえ〜、おしゃれですよね」

「あのCDよかったですよ、今度聞きます?」
「ふーん、おしゃれ〜」

「おひさしぶり〜。いまドイツにいるんだけど」
「おしゃれだよね〜」


それは「そういう話はもうイイ!」ってことではないだろうか。

おしゃれ。
おしゃれと言われることに対してゆがんでしまった自分がいる。それは外見に自信がないせいだというのはわかっている。


今度は、「先日息子がお人形を欲しがって、デパートでじだんだ踏んで泣いたんですよ」と言ってみようと思う。
または「おかゆが嫌いだったのに、突然ごはん食べだしたんですよ」でもいい。
mimula | 日々のつれづれ | 20:49 | comments(4) | trackbacks(0) |

『権力と』 その2

・神父の逃亡は「義務」のためである。わたしが今まで普通に使ってきた義務という言葉とはちょっと違うものだ。

・神父は神父の義務と罪とをを負っている。警部には警部の義務と罪があり、それは神父のあずかり知らぬものなのであろう。だから、警部が殺した人質の責任は警部にあるのであり、神父はそれを負わないのだ。負おうと考えて自らの義務を放棄すべきではないのだろう。

・ましてや混血児の罪は神父には関係のないこと。

・警部と神父のやりとりは、ステレオタイプな社会主義者と宗教者のそれではない。少なくとも神父のいう事は。
ここを読むためだけにも、この小説を読む価値はある。今なお。

・2人の逃亡者はともに12人の銃弾を受ける。これは、まあ、なんというか・・・。
様式化されてるというか、ちょっと整いすぎというか。

・なんだかだ言って、カソリックの、あるいはキリスト教の「愛」を理解するのは私には難しい。ええ、自分が今現在その恩恵を受けて暮らしていることは知ってます。日本にいる時よりは少しはわかってきたとは思います。
ここがキリスト教の国でなかったなら、または、もし私に子どもがいなかったなら、こんなに多くの「愛」を受け取ることはなかったでしょうから。
mimula | 映画と本 | 07:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
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